Black Lives Matter運動
Black Lives Matter運動はなぜ生まれ、何を社会に問いかけているのか?
ブラック・ライブズ・マター(以下、BLM)運動は、二〇一三年にアメリカで始まった、黒人への暴力・差別・不平等な扱いに反対する社会運動だ。ハッシュタグ「#BlackLivesMatter」として始まり、ソーシャルメディアを通じて瞬く間に広がった。この運動は「黒人の命も大切だ」というシンプルなメッセージを掲げているが、その背景には公民権法(一九六四年)の制定後も解消されなかった「構造的人種主義」への深い怒りがある。二〇二〇年のジョージ・フロイド事件を契機に、運動は世界六〇か国以上に広がる国際的な社会運動となった。運動の問いかけは、表面上の法的平等が達成された後も社会に深く根付く差別の構造をいかに解体するかという問題だ。
どのような事件がBLM運動の直接の発端となったのか?
直接の契機は、二〇一二年二月、フロリダ州サンフォードで起きたトレイヴォン・マーティン射殺事件だ。一七歳の黒人少年マーティンは、コンビニから帰宅途中に自警団員のジョージ・ジマーマンに「不審者」と見なされ、口論の末に銃で射殺された。翌二〇一三年七月、陪審員はジマーマンを正当防衛として無罪評決を下した。この判決に怒ったアリシア・ガーザ、パトリス・カラーズ、オパール・トメティの三人の黒人女性活動家が「#BlackLivesMatter」と投稿したことが運動の始まりとなった。その後も同様の事件が続いた。二〇一四年八月、ミズーリ州ファーガソンで一八歳の黒人青年マイケル・ブラウンが白人警察官に射殺され、抗議デモが全米に波及した。同年七月にはニューヨークで黒人男性エリック・ガーナーが警察官に首を絞められて死亡し、「息ができない」という言葉が運動のスローガンとなった。二〇二〇年五月、ミネアポリスでジョージ・フロイドが白人警察官に約九分間首を膝で押さえつけられて死亡した事件は、動画がソーシャルメディアで世界中に拡散し、一〇〇か国以上でデモが起きる反響を呼んだ。
BLM運動が告発する構造的人種主義とはどのようなものか?
運動が問題にしているのは個々の警察官による暴力にとどまらない。「構造的人種主義(システミック・レイシズム)」と呼ばれる問題だ。これは、社会の制度・慣行・法律が積み重なることで、意図せずして特定の人種集団に不利をもたらす状態を指す。アメリカにおける具体例として①警察による黒人への過剰な実力行使と免責体制、②刑事司法において黒人被告が白人被告より重い刑罰を科される傾向、③住宅ローンや雇用機会における人種差別(レッドライニング)、④教育資金が不動産税に依存するため黒人が多い低所得地域の学校が資金不足になる構造、⑤医療アクセスの格差による健康状態の差異、が挙げられる。これらは単独の差別行為ではなく、歴史的・制度的に積み上がった不平等の表れだとBLM運動は主張する。
BLM運動はアメリカの人種差別の歴史とどのようにつながるのか?
BLM運動が生まれた背景には、アメリカの長い人種差別の歴史がある。一八六五年に奴隷制度は廃止されたが、南部諸州では「ジム・クロウ法」と呼ばれる人種隔離法制が一九六〇年代まで施行されていた。バス・学校・レストランに至るまで黒人と白人を分けることが法律で定められていた。キング牧師らによる公民権運動が一九六四年の公民権法制定につながったが、法律が変わっても社会の実態は変わらなかった。一九九二年のロドニー・キング事件では、黒人運転手を複数の白人警察官が暴行したビデオが報道され、担当警察官が無罪になるとロサンゼルスで暴動が起き、約五〇人が死亡した。アファーマティブ・アクション(積極的是正措置)は、歴史的差別による格差を是正するため大学入試や公的雇用でマイノリティを優遇する制度として導入されたが、「逆差別」との批判も絶えず、二〇二三年に連邦最高裁が大学入試でのアファーマティブ・アクションを違憲と判断した。
BLM運動は世界の人種差別問題にどのような影響を与えたか?
二〇二〇年のフロイド事件以降、運動は世界的な人種差別撤廃運動と連動した。イギリスでは奴隷商人エドワード・コルストンの銅像が引き倒され、植民地主義の遺産を問い直す動きが起きた。ベルギーでは植民地時代の国王レオポルド二世の銅像が各地で撤去された。日本でも在日外国人への差別やヘイトスピーチ問題と結びつけて議論されるようになった。二〇一六年に施行されたヘイトスピーチ解消法の実効性が改めて問われる契機となった。一方で運動への反発も生まれた。「警察への財源をなくせ」というスローガンは「反警察」として批判を受け、一部の抗議デモが略奪や破壊活動に発展したことも批判の材料となった。運動は政治的に分断されたが、警察改革や人種的公正を求める声は現在も続いている。人種差別撤廃条約(一九六五年採択)が規定する差別禁止の理念は、運動が問い続ける課題と直接つながっている。この運動は、法律の制定だけでは解決できない社会の構造的差別への継続的な取り組みの必要性を、改めて世界に示した事例だ。
BLM運動が問う差別の構造は、日本社会とも無縁ではない。在日コリアンや在日外国人への差別、アイヌ民族への歴史的な同化政策、沖縄や被差別部落の問題など、日本にも構造的差別の問題が存在する。多文化共生社会の実現に向けた取り組みは、BLM運動の問いかけとも重なる普遍的な課題だ。